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東京地方裁判所 昭和32年(行)9号 中間判決 1957年7月09日

原告 藤田たき 外一名

被告 東京都知事

主文

本件訴の被告は安井誠一郎である。

事実

原告ら訴訟代理人らは、「被告東京都知事安井誠一郎は東京都に対し金三千五百十二万二百五十円の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

一、被告東京都知事安井誠一郎は昭和三十一年八、九月頃別紙目録氏名らん記載の者ら七十八名に対し、同目録金額らん記載の各金員(総額金三千五百十二万二百五十円)を支給し、同人らはそれぞれこれを受領した。

二、右金員の支出は、次の理由により被告が東京都議会議員(以下単に議員という。)に対して退職金を支給したものといわざるを得ない。

1  被告が別紙目録記載の者らを議員の退職者と認めて支給を決定していること。

2  議員の報酬月額およびその在職年限にしたがつて一率に支給していること。

3  右金員を支給するに当つては、所得税法第九条第六号の退職所得として課税された税額が源泉徴収されていること。

三、ところで、議員に対する退職金の支給はつぎの理由により違法である。

1  地方自治法第二百五条は普通地方公共団体の常勤職員のみが退職年金又は退職一時金を受けることができる旨規定している。したがつて、非常勤職員である議員に対しては退職金を支給することができないことは明らかである。

2  仮りに、地方自治法上議員に対する退職金の支給が許されるとしても、同法第二百三条によれば普通地方公共団体の非常勤職員に対する報酬、費用の弁償の額、支給方法は条例で定めるのであり、さらに同法第二百四条には常勤の職員に対する給料および旅費の額、その支給方法でさえ条例で定めるべき旨規定している点からすれば、議員に対する退職金の支給は条例に基かなければならないことは明らかである。しかるに、そのような条例は存在しない。

四、それであるから、被告は前記のように違法に合計金三千五百十二万二百五十円の公金を支出して東京都に対し右金額相当の損害を与えたのであるから、被告は東京都に対しこれが損害を補てんすべき義務がある。

五、なお、原告らを含む東京都民九名は昭和三十一年九月二十六日右公金の違法な支出について地方自治法第二百四十三条の二第一項により監査請求をし、同年十月十五日、東京都監査委員より都知事の行為は適法である旨の通知を受けたが不服であるので本訴に及んだ。

右のように述べ、被告の本案前の抗弁に対し、

本訴は地方自治法第二百四十三条の二第四項に基く訴であつて、東京都の長である知事安井誠一郎のした違法の公金支出による損害の補てんを求めるのであるから、安井誠一郎個人に対し提起したものである。訴状に、被告を東京都知事安井誠一郎と表示したのは、被告が知事としてした行為により生じた損害の補てんを求めるものであることを明瞭にするために便宜肩書を附したのであつて、東京都の機関である知事に対して訴を提起した趣旨ではないと述べた。

被告指定代理人らは、本案前の答弁として、本件訴を却下する、訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求め、その理由として次のように述べた。

本件訴は、被告東京都知事が違法に公金を支出して東京都に対しその支出金額相当の損害を与えたから、その損害補てんのため、東京都に対し同金額の金員を支払うべきことを求めるというのであつて、その請求の趣旨は、被告東京都知事に金員支払の私法上の義務を負わせようとするにほかならない。ところで、被告東京都知事は地方自治法第百三十九条第一項の規定によりおかれた普通地方公共団体である東京都の長であつて、東京都を代表し、東京都の公共事務その他所定の事務を管理、執行する権限を有するいわゆる機関であつて、東京都が主体として有するところの権利を行使するだけであり、それ自身法律上の人格を有するものではない。したがつて、機関自身は私法上の権利、義務の主体ではないから、私法上の権利、義務に関する訴訟において機関は当事者能力を有しないことは明らかである。

よつて、東京都の機関である東京都知事を被告とする本件訴は、不適法として却下せらるべきである。

理由

一、本件訴の被告が何人であるかについて判断する。

(一)  原告ら訴訟代理人は安井誠一郎個人を被告として本件訴を提起したのであると主張し、被告指定代理人らは、本件訴の被告は東京都の機関である東京都知事安井誠一郎であるから訴を却下するとの判決を求める旨主張するところ、訴の当事者が何人であるかは、通常、訴状の記載内容を客観的、合理的に判断して確定すべく、そのためには単に訴状の記載事項である当事者の表示のみでなく、その請求の原因として記載されている事実をも含め、訴状の全趣旨から判断するのが相当である。

(二)  ところで本件訴状に請求の原因事実として記載されているところの要旨は、「東京都知事安井誠一郎が昭和三十一年八、九月頃、別紙目録記載の議員七十八名に対し、何ら根拠なく合計金三千五百十二万二百五十円にのぼる退職金を支給して東京都の公金を違法に支出し、東京都に対し右金額相当の損害を与えたので、原告らを含む東京都民九名が地方自治法第二百四十三条の二第一項により東京都監査委員に対し、右公金の違法な支出につき監査請求をしたが、右監査委員は東京都知事の行為が適法なものである旨を通知してきたので、これを不服として東京都のこうむつた右損害の補てんに関する裁判を求めるため、本訴を提起した。」というのであるから、本件訴は原告らが地方自治法第二百四十三条の二第四項に基いて東京都知事安井誠一郎の違法な公金支出行為に伴う普通地方公共団体である東京都の損害の補てんに関する裁判を求めるものであることは明らかである。

しかして、地方自治法第二百四十三条の二第四項に基く訴を提起に当り、被告とすべきものについては、同法および他の法令にも別段規定するところがないから、本条制定の趣旨によりこれを判断するほかはない。即ち同条の二が設けられ、特にその第四項規定の訴の提起が認められるに至つたのは、普通地方公共団体の住民が、その団体の長またはその職員の職務上の地位の乱用による公金または財産、営造物の違法もしくは不当な処理について、住民に対し納税者の権利としての一の矯正権を認め、これによつて住民の信託に基く地方公共団体の公共の利益を擁護して公金または財産、営造物を住民の期待するように運営するよう担保しようとの目的に出たものと思われるから、この趣旨に従つて訴の具体的態様により被告たり得る者を合理的に考えるべきである。そして、そのうち、損害の補てんに関する裁判を求める訴は、当該団体の職員が団体に対し、損害を与えたのに対し、その住民が団体に代位して提起するものと考えることができるのであり、その裁判は当該団体の損害の回復自体を目的としているのであつて、もつぱら損害を生ぜしめた個人の責任を追求するところにその目的があると解することができるから、損害の補てんに関する裁判を求める訴は、公共団体の機関たる当該職員ではなく、個人としての当該職員である。

それであるから、地方自治法第二百四十三条の二第四項に基き東京都の損害の補てんに関する裁判を求める本件訴は、元来個人としての安井誠一郎が被告とされるべきであり、これをさきに引用した本件訴状の請求の原因事実に照して考察すれば、本訴は個人としての安井誠一郎を被告とした訴であることを理解することができる。

(三)  もつとも、本件訴訟には当事者として、「東京都千代田区丸の内三丁目一番地東京都庁内被告東京都知事安井誠一郎」と表示しており、請求の趣旨の項も、「被告東京都知事安井誠一郎は東京都に対し金三千五百十二万二百五十円を支払え」と記載してあるし、また本件訴状の送達場所が「千代田区丸の内三の一都庁内」であることは、本件記録により明らかではあるが、訴が地方自治法第二百四十三条の二第四項に基くものであること前記のとおりであるので、当事者の表示中住所については安井誠一郎の自宅を表示することが望ましいことではあるが、便宜右のように「東京都庁内」としても差し支えはないし、「東京都知事」という肩書は不必要な文字を記載したと解することもでき、したがつて、請求の趣旨の項の「東京都知事」の肩書もまた同様に解することができる。

(四)  これを要するに本件訴状の記載内容を全体として客観的、合理的に判断するときは、本件訴は東京都の機関である東京都知事安井誠一郎ではなく、個人としての安井誠一郎を被告として提起したものと解すべきである。

二、よつて主文のとおり判決をする。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

(別紙省略)

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